イタイ、うざい。そんな批判は気にするな。意識高い系のイメージ改善策と人生戦略

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みなさんは意識高い系についてどう思いますか。

ぼくも休日にプログラミングやったり、勉強は人より熱心なところがあるので、やや意識高い系だなと思っています。

ぼくは生真面目なところがあり、勉強は少し得意だったので、小さい頃に意識高い系という言われ方ではなかったが、その類の揶揄をされたことがあった。(いじめとかみたいなおもいものではないですけどね)

まあそれに限らずね、大学とかでインターン頑張っている人とか。娯楽を捨てて、何かを頑張っている人とかって「意識高い系」というレッテルを貼られることも少なくないし、それを気にする人も多いのではないかと思う。

意識高い系の印象・特徴

(ミサワなつかしすぎ)

意識高い系と聞いてみなさんはどんな人を思い浮かべるでしょうか。

旧帝大学〇〇学部/TOEIC950点/ドイツ留学経験あり/飲食店バイトリーダー/都内広告ベンチャーでインターン/外資系コンサル志望/海外ボランティアプログラム参加

ぼくの個人的な典型的な「意識高い系」のイメージはこんな感じです。ツイッターのプロフィールこんな感じ。

学業と就職などの娯楽要素の少ないことにのみに注力している感じの人を思い浮かべる人が多いような気がしています。

ぼくもプログラミングとかIT系のことに打ち込んでいますが、これも詳しくなかったり、関心のない人には楽しさとか面白さがない勉強みたいなイメージをもつひとが大半なのではないかと思います。

「意識高い系」という負のイメージが生まれる理由

意識の高さとは相対的な概念

「意識高い系」というイメージが生まれるのは、身を置いている集団の中に意識が低い人がいいる。集団の中に意識の差があるからです。

多分大衆的な「意識低い系」というのは怠惰で、娯楽とかに割く時間とかが多く、生活の中での学業や勉強のウェイトが低い人だと僕個人は思っている。

逆に言えば、意識高い系は生活の中の娯楽のウェイトが低い。

学業や仕事などに没頭することに意義や面白さを感じない「意識低い系」からすると、こうしたものに打ち込む人は「何が楽しくて、何に意味を感じてやっているのだろう」「もっと遊んで、気を抜いた方がいいのに」と思うに違いない。

いろんな趣味・能力・価値観を持つ人がいる以上、娯楽や学業といったものに対する考え方(意識)が違って当然であり、その差が意識の高さという概念として切り取られるようになった。

面倒、うざい、つまらない

意識高い系のマイナスイメージなんてのはこんな言葉に集約されると思う。

  • 無駄に意味もなく怠けるのが最高
  • 馬鹿騒ぎをするのが楽しい
  • サボること、悪いことをするのがかっこいい

上のような考えを持つ「意識低い系」からすれば、勉強とか学業にばかり打ち込む人は理解のしがたい存在だし、一緒に話して楽しくも面白くもないというイメージを持つ人が多い。

多分いじりにくい存在だし、堅いやつだっていうイメージがまとわりつくからしょうがないんですよね。。。

自分もそういう経験が少しあるし、周りの意識高い系でやや冗談通じなかったりする感じの人を見ていてそう思うことが多かった。

意識高い系も周りの目を気にしないわけではない

少なくもぼくは関わる人に合わせて、意識高い系の会話に理解のないひとにはそういう話をしないようにしています。イメージも悪いしな。

たぶん世間的に強い批判を食らう「意識高い系」は、周囲に脇目も振らず意識高く生きていて、周囲の人や雰囲気にあわせず行動している人だと思う。

ただそうでなくても、意識高い系の関心や話を抑え気を計らいつつも周りの人には「意識高い感じ」というのは否応無く伝わってしまい、少し遠ざけられることもあるだろう。

意識高い系の中でも、集団の中で話す人や友達が欲しいはず。ただ自分の関心や価値観とかを抑え込むのは不可能に近い。友人に遊びに誘われて、テストもないのに「勉強するから」っていって断ったら、友人と距離離れちゃいますよね。

意識高い系の人生戦略

周囲に協調しよう

自分のやりたいこととかに夢中になるのも大切ですけど、周囲に歩み寄ったりすることはやはり大切。好かれたければ、周りの人からの印象を損なわないような気遣いは不可欠です。

  • 人の話をよく聞く
  • 適度に集まりには顔を出す
  • 堅い話題のみをしゃべりすぎない
  • 会話をみんなで楽しむことを心がける

ごく普通のことですが、これらのことが会話でできていないと、「意識高い系」というイメージがつきやすいと思う。

意識高い系の会話がエスカレートすると、その人の自慢中心になり、自尊心が前面に出てしまう。

多くの場合こうした個人の意識高い系の話は、あまり関心をもたれないし、聞いていて楽しいことも少ない。聞かれた時のみ答えるのと、聞かれても喋りすぎない。自慢と受け取られないような気遣いが大切である。

意識高い系のコミュニティに身を置こう

「意識高い系」は、自分の印象を気にするあまり、実生活で自分の関心や行動を少なからず意識的に自制してしまいがちである。

これはそのひとにとっても活躍の場や楽しく過ごす場が減ってしまい、デメリットしかない。

だったら、自分が身を置くコミュニティや関わる人を変えるのがもっとも最善の方策だと思う。

  • 会話の話題に過度に気を使う必要がない
  • 自分の関心や価値観を深められる
  • 気の合う友達が増える
  • 自分の知識やスキルが伸びて、幸福度が増す
  • 批判をされることもない、むしろ肯定してくれる

メリットはたくさんあります。元いたコミュニティが疎遠になってしまうことが、強いて言えば、デメリットだが、よりよい人間関係を築き、楽しく有意義に過ごすことができる。

5つ目がもっとも大きい。

だって必死に練習しているプロサッカーチームで高いプロ意識を持って生きているひとがバカにされますか。ゆるゆるなサッカーチームだったら、周りがほのぼのサッカーしているよこで必死こいて走り込んでいる生真面目な人がいたら、「意識高い系」という負のイメージをもたれるかもしれません。「意識高い系」と言うイメージは相対的な概念、だから環境を変えよう。

ぼくも仕事場は、意識高い人もいますが、あまり多くないので、自分の行動とかを意識的に抑えてしまっているところがあります。

休日に遠出とかしてるパリピな過ごし方をしている人に、プログラミング・ブログとかやっているとか言うのは気が引けます。なによりブログが会社の人におおっぴらにバレるのは御免だ(一番の理由はこれ)

かたやテックキャンプとかツイッター周辺の人(僕らのフォロワー約千人)とかはわりかし意識高めな人が多いので、なんか居心地いいなと思います。周りのがちなブロガーの様子とかみたりすると、モチベちょっと上がります。

ネットとSNSが発展したおかげで、自分に合う人と仲良くなったり、価値観の近いコミュニティを見つけやすくなったってのが大きい。

意識高い系に限らず、自分の価値観とか行動を肯定してくれる人やコミュニティを探して自分の人生を豊かにしていくのは大切な心がけなのではないでしょうか。

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